【拠点代表より】

「イスラーム世界とネットワーク型研究」

*イスラーム地域研究のネットワークは、平成20年度「人文学及び社会科学における共同研究拠点の整備の推進事業」に採択されました。*

―― 文部科学省の「人文学及び社会科学における共同研究拠点の整備の推進事業」  が始まったということで、拠点代表にその意義についてお伺いします。

小杉 これは私たちの「イスラーム地域研究センター」がネットワークを形成する拠点として、共同利用・共同研究拠点の一つに選ばれたということです。もともと文科省の制度として、全国共同利用機関という全国の研究者に研究上の便宜を色々はかる仕組みがあって、私たちもお世話になってきたわけすが、その制度が今度また一つ新しくなりました。その特徴の一つは、国立大学だけではなくて、国公立私立すべてが対象になるという点と、もう一つの新しい面は、ネットワーク型も認められるということです。一つの大学だけではなくて、いくつかの大学がネットワークを組んで拠点として認められる。私たちもこのイスラーム地域研究のネットワークを作っている5拠点の一つとしてその中に加わっているわけです。
 このネットワーク型の研究拠点というのは、やはり新しいコンセプトで、ここ数年このように実践され、また非常に有効に機能しているということで社会的にも注目を集めている仕組みです。ネットワーク型の研究拠点に対しても、このような支援制度ができたということは本当に嬉しいことですね。またそれがイスラーム地域研究という現代世界を考える上で重要な、今の国際化社会の在り方、今後の動向を考える上でも非常に重要な意味をもつ地域について認められたということはとても嬉しいことです。

―― 今回のこのプロジェクトについてお話を聞かせてください。

小杉 プロジェクト全体は「人文学及び社会科学における共同研究拠点の整備の推進事業」の支援事業ということで、こういう人文学、社会科学の重要性を認めていただけるということは大変意義深いと思います。自然科学の分野で科学・技術が我々の社会生活に非常に重要ということは分かりやすいですが、人文学・社会科学の有用性というのでしょうか、社会的意義についてはなかなか認識していただけない面もありますので、非常に意義があることだと思います。私も会員になっている日本学術会議でも、この人文科学、社会科学に対する重要性について、社会的に十分きちんと位置付ける必要があるということについては、様々な提言がなされています。例えば、私たちはイスラーム世界の思想や哲学なども研究しておりますが、それがどういう役に立つのか、どういう意味があるのか、という点は一般の方にはすぐにはご理解いただけない場合もあるかと思います。
 しかし、「人間とは何か」ということを考えてみると、このような研究の重要性が浮かび上がります。人間というものは、少し古い言い方になりますが、パスカルの言葉をかりれば「考える葦」であろうと思います。人というのは思考し、思索し、心を持って動く生き物である。そういう生き物が社会を作っており、きわめて社会的な存在として生きているわけです。そのことを理解することは、人間の営み、我々自身の社会、さらに他の社会について理解する上でも非常に重要です。それが直ちに何に役立つのかという問いかけは、あまりにも功利的な物の考え方だろうと思います。

―― それは特に「イスラーム世界」についてはかなり当てはまることですね。

小杉 当然です。「イスラーム世界」というのはよくよく考えてみると、非常に多様な文化、言語、社会があるわけです。それが「イスラーム」ということによってある一定の統一性が保たれている。イスラームというものを宗教であるとか思想であるとか哲学とか世界観ということで言えば、「考える葦」としての人間の部分が大きな力を持っている世界であると言えると思います。現代社会は、政治や経済など分かりやすい、役立つ、役立たないという側面にこだわっているように見えますが、イスラーム世界はその中にあって、人間社会の根底に非常に大きな宇宙観、世界観をもっている、そういう世界だろうと思います。
 私たちのところで、イスラーム世界を考える一つのポイントに「広域タリーカ」があります。いわゆる神秘主義教団が国境をこえるケースです。そのようなスーフィズムについても研究しています。普通に考えると、政治・経済の重要性に比べると、精神世界というのはどういう意味を持っているのか、という疑問を持たれる方もおられると思いますが、イスラーム世界について、精神世界を理解せずに、政治と経済を分離して考え得ると思うことが、そもそも的を外した見方だと私は思うのです。そういう意味でも、人文・社会に目配りし、さらにそこからテクノロジーなどのハードな問題も含めて考えていくことが大事だと思います。

―― 当然、自然科学的な理系的な部分にも目を配るということですね。

小杉 その通りです。共同利用・共同研究拠点ということは、全国の皆さま、世界の皆さま、国際的な協力も含めて、一緒にやっていく、あるいはそういう方々にいろいろ支援をするということが眼目で、自分たちが研究しているだけではない広がりを持っています。その点から、私たちのところも支援事業の一環として公募研究をやっております。公募研究班のテーマは「イスラーム法とテクノロジー」です。イスラーム法といえば、非常に社会的な面が強く、場合によっては人文的な部分も非常に強い訳ですが、テクノロジーがそれとどのように結び付いているかということを研究します。具体的には、トルコの地震の問題などに焦点をあてて、歴史学と現代の地震学、あるいは防災をめぐる科学をどう結び合わせていくのかというような研究を今熱心にやっていただいています。私たちの、京大の地域研究の一つの特徴というのは文理融合ということです。人文・社会、そして自然科学の諸領域を融合しながらやっていくということですね。環境の問題を考えたり、今の地球的な気候変動などの問題も当然入ってきます。イスラームというと、非常に理念的な側面もありますが、同時に各地域においてその地域の生態環境と密着した世界観を織りなすという側面も持っているわけですから、それを含めて総合的に研究していくというのが私たちの狙いです。
 これからいろいろな共同研究もやっていきたいですし、共同利用・共同研究拠点としては、全国の皆さまに知的なサービスを提供できるようになりたいと思っております。私たちは、「知のインフラ整備」ということをセンターの設立以来、ずっと言っております。それは、皆の共通財としての知識です。もちろん生産される学知、発見はすべて共通の知識ではありますが、その共通の知識を生産するための基盤としての共通知というものをも形成したいと思っております。どうぞ皆さまご支援よろしくお願いいたします。

―― どうもありがとうございました。