第4回
現地語での挨拶にまつわる話
白石壮一郎 (アフリカ地域研究専攻)

 私は1998年の終わりから、東アフリカにあるウガンダ共和国の東の端、ケニアとの国境近くのエルゴン山に住むセベイと呼ばれる民族について調査しています。実際に現地を訪れるまでは、山の中で細々と農耕や牧畜を営んでいる小さな民族をイメージしていたのですが、行ってみると「山の中」という感じからは遠い、段丘上のずいぶん開けた視界のもとでトウモロコシやバナナを栽培している村々が広がっているのにまず驚きました。

村の景観。トウモロコシ畑が広がる中に
家屋が点在している。
濃い緑色はバナナ畑。

 フィールドワークをやるのには現地語の習得が必要で、比較的習得が困難といわれているナイロート系のセベイ語に私はいまだ四苦八苦している状態ですが、今回はフィールドワーカーなら誰もがはじめに覚える現地語、挨拶にまつわる話を紹介しようと思います。

 セベイ語の挨拶は男性に向かってする挨拶と女性に向かってする挨拶が違います。

 【その1】男性に向かって 'How're You?' というときは 'Sobai'。女性には 'Tapkweenyo'。これに対して返ってくる 'I'm Fine' の応えもそれぞれ 'Abbo(男)' 'Yeego(女)' と違っています。【その2】ところが、この【その1】は男性を主体とした場合であって、女性は男女の区別なく 'Tapkweenyo!' といって挨拶してきます。それに対する応えも、男女の別なく 'Yeego' というものです。つまり男性は相手の性によって挨拶の言葉(とそれに応える言葉)を使い分けますが、女性の場合にはそれがありません。どうしてなのか聞いても、はっきりとした答えを知っている人はいませんでした。ある男性が、「これはあくまでおれの考えるところだが」と断った上で、「男も女も女から生まれてくるのだから、女から見ればどちらも同じようなものなのだ」という説を私に披露してくれたことがあります。

居候先でお世話になった働き者のお母さん、
そして小さな弟たち。

 挨拶は私が初めて教えてもらったセベイ語でしたが、はじめ現地の人は私が男性だからということで、挨拶のルール【その1】だけを教えてくれ、私がルール【その2】を知ったのは少し後になってからでした。実際、私の方から人に向かって挨拶するぶんにはルール【その1】さえ知っていれば全く不都合はないのです。しかし、私はすぐに女性たちが私に「女性用の」挨拶をしてくるということに気付くようになりました。最初は「なんか変だ」と思いつつも、しばらくの間は、男性から挨拶を仕掛けられたときも女性からのときも「男性用の」 'I'm Fine' である 'Abbo' でもって応えていました。

 私は最初の頃から村の人たちに「ここの生活のことや習慣のことなどを勉強しにきたのだ」と自己紹介がてら言っていたのですが、しばらくするとこちらから聞かなくとも向こうから「お前はこれこれを知っているか?」と教えてくれるようになってきました。しかし、そういった「教え魔」のような人物は、私が男性という事もあってか殆どの場合英語のできる若い男性で、女性から私に積極的に何かを教えてきたりすることはごくまれでした。だからこそ私の女性達との挨拶のやり取りはしばらく間違ったままだったともいえます。たしか、ある日私は男性の友人に「女の人との挨拶のやり取りがどうもおかしい」ということを尋ねたのではなかったかと思います。そのときに初めてルール【その2】を教えてもらい、私は霧の晴れる思いでした。ようやく私は男性とも女性ともちゃんと挨拶が交わせるようになったのです。

新しくつくる小屋の壁のための土を
こねる女性たち。
後ろに見えるトタン屋根の建物 は村の教会。

 しかしこの挿話にはまだオチがあります。とくに別の村を訪ねていったりしたときに良くあることだったのですが、爺さんや一部の男の子までもが 'Tapkweenyo!' という「女性用の」挨拶を私にしてくるのです。こうなると信じがたいことですが相手が私のことを女性と間違えていると考えるしかなく、果たしてそうなのかどうかを別の村にいる友人に聞いてみました。答えはその通り(!)。「だがどうしておれを女と間違えようがあるのだろう?」と私はその友人に問いました。友人によると、(1)私が重そうな荷物(ザック)を背負っていたこと。(2)頭にタオルを巻いているし、髪が長いこと。の2つがその主な理由だろうということでした。そういえば男性が重い荷物を背負って歩いている光景はあまり見かけません。薪や水の入ったポリ缶(今日では水がめは使われなくなっています)、バナナの房丸ごと(全房)などを頭に載せて(薪の場合はたまに背負って)運んでいるのは女性であって、男性の場合はそれらを運ぶときにもロバを使ったりしています。頭に布を巻くというのも女性しかやらないことで、これは後々、私が居候先に決めて半年以上滞在した村でも、伸びた髪が鬱陶しくなってタオルを頭に巻いていると人々は「おっ、お前は今日は女として歩いているのか?」とからかったものでした。そうして私がいよいよ面倒になって坊主頭にすると、「お前の頭はなんと鋭く、恰好よくなったことだ」とよろこんでくれるのでした。

調査の初期、まだいろいろな地区を点々とし、
ときに女性に間違えられていた(?)ころの私。

 しかしまだ私が納得いかなかったのは、当時の私はひげを生えるままに放っておいていたので、それで私が男性であることは分かるんじゃないかということです。「いくら荷物をしょって頭になにか巻いていてもこれを見れば分からないものかな?」と私は先の友人に問いました。すると彼は笑いながら答えて言いました。「神様は時々いたずらをする。おれは隣の村に、それ(ひげ)を持っている女を知っている。ここら辺じゃあ有名なことだよ」! 私はただ笑うだけで返す言葉がありませんでした。これが本当なのか単なる冗談なのかも確かめてはいません。

 後になって分かったのですが、私が男性なのか女性なのか初見で分からなかった人は少なくなく、その多くの人は私の声を聞いて「あ、男だ」と分かったのだといいます。(ほんまかいな。)

京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科