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東南アジア地域研究専攻
第9回 百瀬邦康:生態環境論講座

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「森の祭典が始まりました」


1996年3月、ボルネオのランビル国立公園で、一斉開花がはじまりました。東南アジアの熱帯雨林では、数年に一度、多くの植物が一斉に開花する現象が知られています。その森の祭典がついにはじまったのです。私が参加しているサラワク林冠生物学計画では、熱帯雨林の林冠部にアクセスするための施設を整え、この時が来るのに備えていました。
私は五年前、この魅力的な計画を知り、井上先生のもとを訪ね、この森に飛び込みました。琉球までの植物はかなり知っていたつもりでしたが、ここではまた一から植物を覚えなくてはなりませんでした。なにしろ半日で歩き回れる範囲に、日本に分布する全ての木本種よりもずっと多くの樹種が見つかるのですから、この植物たちと心易くなるのはなかなか大変です。植物に対し、「おうお前か、やっぱりこういう場所が好きなんだね」という感覚が持てないと、どうしても林を観ている、という気になれなかったものです。ここ一年くらいでようやく植物たちと馴染めるようになりました。そんなときに一斉開花と出会えるとはなんという幸運でしょう。
森を構成している巨木達がどうやって子孫を残していくのか、いま初めてわかろうとしています。調査にかけつけた先生や学生は、毎晩集まって議論をしています。花粉を媒介する動物達は、どうやって急激な花の増加に対応しているのだろう。これほど植物の種類が多いのに同種間の受粉はなぜ可能なのだろう。社会性のハチが媒介する花はなぜ森林の中間の階層に多いのだろう。様々な疑問のうち、あるものは解決し、あるものはさらなる疑問を産み、あるものは謎のまま残ります。それはこうなっているはずだ、いやこうだ、と議論が白熱し、次の日にはそのどちらでもなかったことが判明したりします。
研究仲間と共有する興奮に満ちた日々は本当にすばらしい。しかし、ひとりで生物の多様性と格闘してきた長い静かな日々は、もっと貴重だったのかもしれません。
From: 百瀬邦泰 (生態環境論講座)