水澤 純人

水澤 純人(南アジア・インド洋世界論講座)
「故地の文化がいきる街カラチ」

     パキスタン南部のアラビア海に面する街カラチ、ここには大切に受け継がれ続けていることがあります。それは、移住者の故地の文化です。独立直後の1947年、首都であったカラチへはインド各地からウルドゥー語を母語とするイスラーム教徒が数多くやって来ました。元々、小さな港湾都市であったカラチは、新たな移住者によって大きく膨れ上がると共に、パキスタンの中でウルドゥー語を母語とする人が最も多く住む街となったのです。

     ウルドゥー語は、北インドの在来語にペルシア語・アラビア語等の外来語彙が混ざり合う過程で生まれた言葉です。北インドを中心にインドのイスラーム教徒の共通語として使われてきたため、イスラーム教徒が大多数を占めるパキスタンではインドからの分離独立後、国語に指定されました。しかし、多くのパキスタンの人にとってウルドゥー語は土地の言葉ではなかったため、ウルドゥー語を母語とみなす人の多くはインドからの新たな移住者に限定され、かつ大半が移住先のカラチに集中するという状況が生まれました。

     カラチは私にとって特別な街です。それは、パキスタンの国語であるがゆえにウルドゥー語を学んできた私が、この言葉に愛着を持つ人達に必ず出会える場だからです。現在、パキスタンのどこへ行ってもウルドゥー語は通じるものの、人々は各々の土地の言葉に誇りを抱いています。一語で事足りると思っていた私は、こうした彼らの思いを十分に共有出来ていないことに気付き、反省すると同時に、カラチへより一層関心を抱くようになりました。

     カラチには名前から移住者の出身地が分かる地区があり、そこを訪れると、他の街では聞いたことのない言い回しや、美しいイントネーションのウルドゥー語を聞くことが出来ます。ここで、新天地を求めて何百・何千キロも離れた地からやって来た人々の生い立ちを聞くと、彼らにとって言葉も、自分たちの来歴を象徴する大切な生きた文化であることを感じます。こうした移住者の故地の文化は、レストランや一般家庭の料理を通し、味覚を通しても伝え続けられています。インドのデリー出身者が多く住む街区の一角では、彼らが当地から伝え続けてきた味を堪能できるレストランやデザート屋さんがひしめいていました。この内の一軒、店前で炭火焼肉の煙をもうもうと出す店に入ると、様々に調理した肉料理が5皿(炭火焼き鶏肉、骨付きチキン・カレー、ペースト状牛ひき肉のスパイス炒め、スパイス入りひき肉の棒状焼き2種)も出てきました。これらを石焼窯で焼いた丸形の小麦パン(ロティ)でくるみ、根菜サラダと共に、青唐辛子入りの酸味ソースを付けて頂きます。夢中で食べながらふと周囲を見渡すと、他の客も皆同様に、皿に向かって黙々と手を動かしています。お店を出る頃には、移住者にとっての故地の文化は、話すことと食べることという日常の延長によって引き継がれ続けているのではと妙に納得すると同時に、この営みの反復が持つ大切さに改めて気付かされた思いでした。
    【「アジア・アフリカ地域研究情報マガジン」第144号(2015年6月)「フィールド便り」より引用】
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