高道 由子

高道 由子(南アジア・インド洋世界論講座) 「東ネパールの甘いお酒、トゥンバに魅せられた初めての調査」

    普段、「お酒で何が1番好き?」と訊かれれば、「日本酒かマッコリ!」と答える私ですが、実は1番好きなお酒は、調査地の東ネパールのお酒、トゥンバです。トゥンバは、ネパール語でコドゥと呼ばれるヒエからできたお酒です。発酵させたヒエを金属製や木製のトゥンバ専用の容器に入れて、そこにお湯を注いで、同じく金属製や木製のストローで飲むのが一般的です。お湯を注いでから3分ほど待ってから飲むと、甘いトゥンバが口いっぱいに広がります。甘さが足りないときは蜂蜜を入れて、甘さを足したりもします。お湯を何回も足しているうちに、少しずつアルコールも薄くなり、酔いも落ち着いていきます。東ネパールのヒレという町では、町の入口に大きなトゥンバのモニュメントが建てられているほど、親しまれているお酒です。

    初めて調査に行った2015年、ネパールでは9月にインドとの国境が封鎖され、燃料不足が深刻で、バスもまばらにしか走っていませんでした。調査候補地のテーラトゥムへは、国際空港のあるカトマンドゥからバスで15時間程度かかります。私はバスの代わりに、カトマンドゥから南東の街ビラトナガルへ運行していた飛行機にとりあえず乗り、そこからは知り合いの大学の先生が「途中の町へ向かうついでに」と私をバイクに乗せていってくれました。ビラトナガルからテーラトゥムへは、山道を北へ8時間ほど行かなければなりません。曲がりくねった道である上に、標高差から気温がどんどん変わり、汗ばんだり凍えたり、大変だったのを覚えています。加えてバイクにも乗り慣れておらず、重たいバックパックにひっくり返されそうな私を見かねて、先生は途中の茶屋で頻繁に休憩をしてくれました。

    そうした茶屋の一つで、昼間から若い女性たちが飲んでいたのが、このトゥンバです。「お前も飲むか?」と大学の先生に言われましたが、バイクの後ろで酔っぱらうと命取りになりかねないと思い、我慢しました。その夜、途中の町バサンタプルにある先生の自宅に一泊させてもらったときに、トゥンバをご馳走して下さいました。初めて飲むトゥンバは、冷えた体に染み込むように、本当に甘くて、ほっとする優しい味で、ぽかぽかした体で熟睡することができました。

    調査地のテーラトゥムでもトゥンバはよく飲まれています。私の調査対象であるダカ織工房のお店は、8時前に開店し、夜の7時前に閉店するのですが、リンブーの女性店主は、夕方4時過ぎになると織り手の娘にトゥンバを店まで持ってきてもらい、こっそりと飲み始めます。いつもとても厳しい店主も、トゥンバを飲み始めるとほろ酔いのせいかちょっとだけ大らかになり、よく話をしてくれます。私はこの時間を狙って、いつも忙しい彼女に話を聞くようにしていました。

    店番が終わり工房に戻ると、トゥンバを飲みながら食事の準備を手伝います。料理ができない私は、基本的に皮むきです。店主の姪と一緒に皮をむいていると、色んな人が私のトゥンバの蓋を開けて「まだある?」と確かめてきます。ないときはお湯を注ぎ足してくれます。時々、「今日はいらない」と断ると心配されます。「ちょっと疲れているだけ」というと、「トゥンバを飲めば治るよ!」と笑いながら、どんっと目の前に置かれます。

    店主の家には、織り手のまだ2歳くらいの小さな娘が、よくご飯を食べにやってきていました。店主は時々、最後の方の薄まったトゥンバを、その2歳の子にもあげるのです。小さな彼女もすぐにトゥンバの虜になり、いつもぐいっと飲んでは「もっとちょうだい!」と言わんばかりに小さな容器を店主の方に差し出すので、みんな笑い転げます。トゥンバは4回ぐらいお湯を注ぎ足すと、味がほとんどなくなって終わりみたいですが、私はいつも2回ぐらいしか飲めません。すると織り手の娘が、お湯を足して残りのトゥンバを飲みます。

    店主がいない日は、織り手や店主の姪と一緒にでトゥンバやロキシー(同じくヒエからつくった蒸留酒)を飲んで、インドのテレビドラマを一緒に見たり、流行りの音楽を鳴らして踊ったり、スマホで写真や動画を撮り合ったり、とても陽気で賑やかでした。初めての調査で緊張気味の毎日でしたが、仕事終わりのトゥンバによって、店主や家族、織り手と近づくことができ、一日一日を幸せな気分で締めくくることができました。
    【「アジア・アフリカ地域研究情報マガジン」第171号(2017年9月)「フィールド便り」より引用】
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