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2000年度目次(東南アジア地域研究専攻)

  第二十一回 「開発現象と地域研究」
 
 

Contents

1.村の「伝統」としての開発

2.開発現象の複雑さ

3.地域研究としての開発現象研究

4.人、言葉、モノのネットワークとは
  どのようなものの見方か

5.開発現象―人、言葉、モノからなる
  ネットワーク

  

5.開発現象―人、言葉、モノからなるネットワーク

 それではアクター・ネットワーク論の視点から開発現象を考えると、どのようになるのか。開発とは開発政策とそれに呼応した開発計画を軸に展開される社会工学であり、国際援助機関、国家、非政府援助組織、開発学、建設機械、開発のレトリック、役人、農民、土、作物、水といったさまざまなアクターを巻き込み、さまざまな「ブラックボックス」をぶら下げながら進められる「出来事」の連鎖といえる。そこではミクロなアクター・ネットワークがさまざまに形成され、すでにあったアクター・ネットワークと重複し、相互入れ子状態になりながら、特定の開発というマクロで安定的なアクター・ネットワーク形成が企図されている。

 例えば、グラミン銀行を考えてみよう。グラミン銀行は、バングラデシュにおける特定の時空で偶発的に成立した、ある種の安定したアクター・ネットワークである。その成立過程では、さまざまな人、言葉、モノが取り込まれ、大小さまざまなアクター・ネットワークが生みだされつつ、一部は安定し、他のものは消滅・変容し合いながら、全体として安定したネットワークを作りあげてきた。しかし、ひとたび比較的安定したアクター・ネットワークとなったグラミン銀行は、その複雑な成立過程に言及されることなく、何人かの天才的創業者と、自立しようとする村の女性、それに呼応せざるをえなくなった夫たちといった、限られた登場人物と状況の結果として、その「成功」が「説明」され、それが「事実」として定着してくるようになる。そして、その「事実」の下に忘れられた偶発的な過程を明らかにすることなく、その「事実」のみを他の地域に適用し、南アジアの「グラミン銀行化」が進行している、というのが現状である。

 このようにグラミン銀行に関わる開発現象を見たとき、これまでのグラミン銀行研究が明らかにしてきた経済学的、社会学的、政治的学な分析を補完する、より全体的な像が浮かび上がってくる。それは、最終結果として成立した対象を望遠レンズや接写レンズでとらえたシャープな像ではなく、対象が成立する過程を広角のレンズで動的にとらえ、そこには調査者の影まで映し込まれた多重露出の像といってもよい。そして、それを多所的民族誌として描くことが、開発現象を対象とする地域研究の根幹になるといえるであろう。そして、その知見が、既存の開発研究と異なった視野を提供したときに、ここで夢想している地域研究(人、言葉、モノのネットワークとして世界を見る)としての開発現象研究の可能性が見えてくるのである。

写真5 「サムルディ」計画による食料補助を村の生活協同組合から受け取る村人。「サムルディ」計画には、グラミン銀行をモデルとした女性による村落金融的な要素も含んでいる。(スリランカ・マータレー県)

参考文献
足立 明「開発と農民―方法論的考察」原洋之助編著『地域発展の固有論理』京都大学学術出版会,87-114頁, 2000.