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第1回(通算第26回)
「フィールド医学の提唱-老年医学研究を中心として-」
松林公蔵:東南アジア地域論講座

Contents

1.医学研究における生態学的視点

2.医学研究における細分化と統合

3.時間軸にそったフィールド医学(老化の時代的変遷)

4.垂直地理学的フィールド医学(高所医学

5.水平地理学的フィールド医学(地域研究としての医学)

2.医学研究における細分化と統合

 「臨床医学」とはその名のとおり、ベッドサイドで、病める患者の疾病を診断し、その治療を行うことを本来の使命としてきた。
 近代医学の発展とともに、疾患は臓器別、システム別に細分化され、さらに各臓器別の分野でも、臓器から細胞へ、細胞から遺伝子へとレベルのうえからもミクロ化して、現在めざましい発展を遂げている。生命現象のありさまを追求する生命科学の最先端においても、そこで操作される生命は、試験管のなかでの生命である。これらの先端医療は、これまで急性期疾患患者の救命や治療に多大な貢献をなしてきた。急性期疾患の救命率は飛躍的に増大し、その結果として、日本はかつて人類史上類をみない速度で平均寿命を延ばし、今日では世界一の長寿国となった。しかし、著しい寿命の延長と超高齢化は必然的に、虚弱高齢者(frail elderly)や要介護者をもたらし、これらの多臓器に慢性疾患をかかえながら地域で生活している高齢者に対する医学的対応のありかたが老年医学に問われている。このような反省に立って近年、包括的、全人的医療の必要性が叫ばれて久しいものの、臓器専門科別に組織されている病院の制度内では、統合的診療の実践は容易ではない。医学が高度に専門分化した結果、医師はその専門の臓器病変のみに関心を集め、それ以外の問題を顧みる余裕がないのが実情でもあろう。その患者がどういうふうに暮らしており、どんな仲間や家族がいてどんなものを食べ、日常生活の上でどんな課題を抱えているのか、こういった問題は大病院中心の医療ではほとんどわかりにくい。病院から患者が生活している地域へでてゆくフィールド医学の基本的姿勢は、医学の細分化ではなくその統合をめざすひとつの試みである。

現代医学は、先端医療機器を用いて、日夜、脳、心臓、肝臓といった臓器自身のはたらきを分子のレベルで精密にモニターしようとしているが、ある文化のなかで生れ育ちそれぞれパーソナリティーをもった全体的個人という医学の基本的視点が、ともすれば希薄となっている。