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第1回(通算第26回)
「フィールド医学の提唱-老年医学研究を中心として-」
松林公蔵:東南アジア地域論講座

Contents

1.医学研究における生態学的視点

2.医学研究における細分化と統合

3.時間軸にそったフィールド医学(老化の時代的変遷)

4.垂直地理学的フィールド医学(高所医学

5.水平地理学的フィールド医学(地域研究としての医学)

5.水平地理学的フィールド医学(地域研究としての医学)

 老化についての神話は「すべての高齢者は一様である」といい、他方、老年病学の格言は「人は歳をとるにつれて一様でなくる」という。
 地球上のいかなる人種、民族でも、人は歳を重ねれば同じように、腰は曲がり、白髪はふえ、視力・聴力は低下し、頑固にもなる。発達、成長、老化というライフサイクルを通じて、生物学的側面に限るならば、どの地域、どの民族でも老化には共通した現象が認められる。「すべての高齢者は一様である」という神話は、老化のこのような側面を語ったものであろう。この立場からみると、人は若・壮年期はそれぞれに個性的であっても、やがて歳とともに、比較的似た姿になってくることになる。
 一方、多くの老化に関する研究は、加齢とともに個人差が増大する事実を示している。個体の臓器の機能を測定すると、平均値は加齢に伴い低下することが多いが、標準偏差は加齢とともに増大する。事実、85歳の高齢者を考えた場合、かくしゃくとしてまったく元気な老人もいるが、生存者の半数以上は要介護状態であり、同時代に生まれた人の半数以上はすでにこの世にいない。高齢者の個人差からみると、幼年時代や若・壮年期の個人差などきわめて微小にみえてくる。
 老化の様態の個人差は、いったいどこからくるのであろうか。もって生まれた遺伝的素因は確かにあるだろうが、その人が生涯を送った自然環境と文化背景と密接に関連するライフスタイルの影響を無視できないだろう。 この地球上には、さまざまな民族が、それぞれ異なった自然環境、独自の歴史と文化背景のもとに暮らしている。その地域独自のライフスタイルが、疾病や老化におよぼす影響はどのようなものであろうか?私たちはこれまで、疾病地理学的視点から自然環境や文化背景が人の老化におよぼす影響を探るために、世界中の多くの地域で、高齢者の検診をおこなってきた。パキスタンのフンザ・カラコルム、南米アンデス、ネパール・ヒマラヤ、中国雲南省、中国チベット自治区、モンゴル・ウランバートル、韓国ソウル近郊の洪川地域、インドネシア・イリアンジャヤなどで高齢者検診を行い、老人たちのありさまがいかに相対的、多様なものであるかを実感している。検診方法は、本邦高齢者の評価法とまったく同一で、ひとの老化に関する地域間比較の原点に本邦高齢者の実態をすえて考察するとき、「地域」の特性はより明瞭なかたちでたちあらわれてくる。


インドネシア・イリアンジヤ州、中央高地のダニ族は、ペニスケースのみをつけたきわめて原始的な生活を今でも続けている。この集団には、高血圧がほとんどみられないことがわかった。覚醒時ならびに睡眠中も24時間血圧計を装着して、血圧モニターに協力してくれているダニ族男性。