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2000年度目次(東南アジア地域研究専攻)

  第十八回 「経済発展の要因としての制度」
 
 

Contents

1.制度が経済パフォーマンスを決める

2.制度とはなにか

3.制度の経済パフォーマンスへの影響ルート

4.経済的自由とルールの執行能力

5.なにが制度を決めるのか:
 タイとフィリピンにおける自由度の比較

6.なにが制度を決めるのか:
 タイとフィリピンにおけるルール執行能力の比較

7.私の研究がめざすもの

  

4.経済的自由とルールの執行能力

 最近、制度的に自由であるほど、経済パフォーマンスはよくなるという考え方が支配的になって、自由化、規制緩和、民営化の大合唱が起こっている。たしかに、東南アジアに限れば、自由な制度であったほど、この半世紀の経済パフォーマンスはよかったと言えなくはない。そうすると日本のように政府介入の多かった国が、経済発展したのはなぜかということになる。大蔵省は国際競争力のない金融機関を育ててきた責任を問われているので、介入を正当化することは難しいかもしれないが、通産省は産業政策が日本の基幹産業を育てたと言いたいであろう。事実そうであったか否かは論議を呼ぶところであるが、制度の自由化を進めればそれだけで経済パフォーマンスが良くなるというものでもない。

 市場経済は経済的自由を認める制度の下でパフォーマンスを高めるとしても、その自由を保障する規制が必要である。規制は自由と相反する言葉であるが、後者のために前者が必要であるということは、交通規制の必要性を思い起こせば理解できよう。道路規制がなければ、道路は混乱し、自動車で動く自由は大きく束縛される。早く、安全に到着点に達する自由のためには、道路を使用するルールが必要になる。車の左側通行は規制の一つであるが、そういうルールを作るだけでなく、それを守らせる体制を作らなければならない。違反しても罰せられないのであれば、守らない者が多くなり、車で移動する自由が制約される。つまり、自由を保障するためには、それを守るためにある種の行為を禁じるルールが必要であり、かつそれを実行する能力が政府に求められる。

 日本のように規制の比較的多い国で、経済パフォーマンスが最近まで良かったのは、政府が経済的自由を認めるルールを作ると、それを保障するルールを執行する能力が高かったからである。韓国、台湾、シンガポール、香港などもルール執行能力の高かった国である。経済の自由度はこれらの国で違うのであるが、韓国のように介入度が高い国がタイのように介入度の低い国より経済パフォーマンスが良かったのは、政府の執行能力が高かったことに一因がある。

 ただ、執行能力が重要になってくるのは、ある所得水準を超えてからであろう。執行能力が最初からあるにこしたことはないが、あっても規制の多い経済は停滞する。日本は規制が多いと言われるが、米国に比べ多いということであって(あるいは、香港と比べて)、発展途上国なみに規制が多いということではない。執行能力がかなり弱くても、東南アジアでは、制度が自由であれば、経済のパフォーマンスはかなり良かった。ただ、執行能力も程度の問題で、非常に弱ければ、一人当たり国民総生産1000ドル位の段階で経済パフォーマンスにマイナスの影響を与え始め、それ以下の水準であれば、執行能力より経済的自由の方がはるかに重要なようだ。

シンガポールの郊外の風景