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2000年度目次(東南アジア地域研究専攻)

  第十八回 「経済発展の要因としての制度」
 
 

Contents

1.制度が経済パフォーマンスを決める

2.制度とはなにか

3.制度の経済パフォーマンスへの影響ルート

4.経済的自由とルールの執行能力

5.なにが制度を決めるのか:
 タイとフィリピンにおける自由度の比較

6.なにが制度を決めるのか:
 タイとフィリピンにおけるルール執行能力の比較

7.私の研究がめざすもの

  

6.なにが制度を決めるのか:
  タイとフィリピンにおけるルール執行能力の比較

 最後に執行能力の問題であるが、それを決めているのは、フォーマルなルールよりインフォーマルなルールであろう。タイの警察、裁判所は問題が多い。警察は汚職がひどいと言われているし、裁判所は公正な裁判を、特に民事事件について行わず、また判決まで時間がかかりすぎると言われている。しかし、フィリピンにくらべれば立派なもので、フィリピンでは警察官が犯罪に荷担するだけでなく、首謀者になるものも出る始末で、また裁判所の判事は司法試験を通っていても、成績の悪かった者が多く(つまり有能であれば、弁護士になってより高額な所得を得ることができる)、また汚職ばかりやっているという評判である。

 政府の執行能力を論じる際、注意しなければならないのは、それが経済水準と関係していることがある。従って、タイ政府の執行能力が現在高いのは、経済水準が高いことによるものかもしれない (経済水準が上がれば、給料も高くなり、汚職への誘惑が弱くなる。また、教育水準も上がり、ルール執行に必要な装備費の予算がつくようになる)。しかし、フィリピンの方が所得水準の高かった、またあまり所得差がなかった1980年代中頃まででも、フィリピン政府の執行能力は低かった。したがって、政府の執行能力は所得水準だけでは説明できない。

 どこに問題があるかというと、インフォーマルな制度の違いに原因がある。タイには、国をコミュニティーとして運営してきた官僚の伝統がある。ただ、韓国などに比べるとこのインフォーマルな制度は弱いのであるが、東南アジアでは、タイは強い方である。タイは独立国として、テンポは緩やかであったが自力で発展してきたという自負がタイのエリートにはあり、これが自己の利益のために権力を無制限に行使することへの歯止めになったのではなかろうか。フィリピンの場合、独立国としての経験はなく、また旧宗主国アメリカとの関係が独立後も強く残り、またアメリカの物質主義の影響を強く受けて、エリート官僚の行動を律するインフォーマルな制度ができにくかった。

 官僚エリートの多くが大統領の任命制であることに問題があるとする指摘もあるが、たとえそうであっても、アメリカのようにインフォーマルな制度が確立していれば、問題はなかったはずである。発展途上国でそういう制度はできにくいかもしれないが、そこに本質的な問題があるのではなく、利他主義的な行動を推奨する制度が弱いことにフィリピン官僚制の腐敗のより大きな原因がある。

 これまで、タイとフィリピンを例にとり、制度の違いがどのようにしてできてきたかを説明してきたが、この問題は抽象的に論じても理解が得られにくい。キーワードはリーダーシップの役割、政治文化、官僚に関するインフォーマルな制度であるが、国によって制度が違ってきたことを説明するためには、それらのコンテキストを説明しなければならない。そうすると個別の議論になる。経済学を含む社会科学はそれを避け、一般論を模索するので、制度の違いの説明が弱くならざるをえない。新制度派経済学も例外ではない。

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