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第9回(通算第34回)
「イスラームの制度化と正統性観の変化:マレーシア、サバ州の事例」
長津一史:地域進化論講座

Contents

1.はじめに

2.マレーシアにおけるイスラームと国家

3.イスラームの制度化(1)行政

4.イスラームの制度化(2)教育

5.センポルナ郡におけるイスラームの正統性観

6.知的権威の移行:スルーからマレーへ

7.公的機関という権威

8.制度化とムスリム社会のダイナミズム

センポルナ郡におけるイスラームの正統性観


 では、このようにイスラームが制度化されていった過程で、ムスリム自身の何が変わったのか。ここではイスラームに関する正統性観の変化をとりあげる。わたしが調査をしていた東海岸のセンポルナ郡(行政区)の事例である。
サバ州の東北部に位置するセンポルナ郡は、フィリピンのスルー諸島と海上で国境を接している。住民の多くはスルー諸島からの移民である。多数派をしめているのはサマ人である。
 長らくこの地域は、スルー諸島に栄えたスルー王国の影響下にあった。政治の面ではセンポルナ郡は、植民地政府によって20世紀初頭までにスルー王国から切り離され、地元のサマ人の優勢が確立されていた。しかしイスラームに関しては、スルー諸島出身のイスラーム知識人が植民地期においても有力な存在であり続けていた。どういった行いがムスリムとして正しいのか、誰が正しいイスラームの指導者であるのか、いかなる知識や語りがイスラームに則して正しいのか。こうしたイスラームに関する様々な「正しいこと」は、かれらが決めていたのである。


フィリピン、スルー諸島シムヌル島のモスク.
この場所にフィリピンで最初にモスクが
建てられたといわれる.
現在の建物は改築されたもの


内部には、その最古のモスクに使われていた
とされる支柱が残っている