5.センポルナ郡におけるイスラームの正統性観
では、このようにイスラームが制度化されていった過程で、ムスリム自身の何が変わったのか。ここではイスラームに関する正統性観の変化をとりあげる。わたしが調査をしていた東海岸のセンポルナ郡(行政区)の事例である。
サバ州の東北部に位置するセンポルナ郡は、フィリピンのスルー諸島と海上で国境を接している。住民の多くはスルー諸島からの移民である。多数派をしめているのはサマ人である。
長らくこの地域は、スルー諸島に栄えたスルー王国の影響下にあった。政治の面ではセンポルナ郡は、植民地政府によって20世紀初頭までにスルー王国から切り離され、地元のサマ人の優勢が確立されていた。しかしイスラームに関しては、スルー諸島出身のイスラーム知識人が植民地期においても有力な存在であり続けていた。どういった行いがムスリムとして正しいのか、誰が正しいイスラームの指導者であるのか、いかなる知識や語りがイスラームに則して正しいのか。こうしたイスラームに関する様々な「正しいこと」は、かれらが決めていたのである。
フィリピン、スルー諸島シムヌル島のモスク. この場所にフィリピンで最初にモスクが 建てられたといわれる. 現在の建物は改築されたもの
内部には、その最古のモスクに使われていた とされる支柱が残っている
|