ASAFAS 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
インターネット連続講座
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  第六回 「〈開発〉という体験 スマトラの村の歴史から
東南アジア地域研究専攻 加藤剛(地域進化論講座)
 
 

Contents

1. 〈開発〉というもの

2. コトダラム村

3. 好きやねん

4. 〈真昼の闇〉と20世紀の始まり

5. 「年寄りも若返ったとき」

6. 〈クーポン時代〉のヒーローたち

7. イスラーム知識人の誕生

8. 公のために

9. スカルノのインドネシア

10. スハルト開発体制と村落

11. 消費される開発

12. 宴のあとに

13. 〈地域研究〉ということ

  

1.〈開発〉というもの


 
1998年5月にスハルト政権が崩壊するまで、世銀の目から見て、インドネシアは開発政策の優等生だった。わたしがはじめてインドネシアを訪れたのは1971年末だが、ジャカルタに林立するビル群や調査村落の生活状況を考えても、この30年近くのインドネシアの発展ぶりは驚異的である。いろいろな批判がありながらも、スハルトの開発政策は、金融危機で経済が破綻し、政治的に反古をきたすまでは、それなりの成果をあげてきたのである。わたしがインドネシアの村の社会史を再構築するなかで関心を抱いたのは、スハルト政権によって明示的に追求された経済発展政策としての開発が、行政の末端にある調査村においてどのように体験されたのかということである。マクロ政策や統計指標としての開発ではなく、村人が体験した開発の意味を考えてみたい、ということである。ここでは、この問いについて、スマトラの一村落の歴史を、今世紀初頭から振り返りつつ考えてみたい。

1990年代になると、インドネシアの発展を誇示するように、ジャカルタのモダンなビル街の夜景が、絵葉書に多く登場するようになった。

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